PARAT NEWS

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ぱらっといきまひょ REAL ZERO誕生物語 2
2025/09/29 PARAT NEWS

専用機メーカは所詮下請け稼業。

お客様や担当者の質で明暗が分かれる、ここから

脱却しないと藻掻いている30歳代半ば、

ある講演を聞く機会に恵まれた。

今は余計な情報ツールとしてTV、新聞、雑誌は

見ない、ネットでサプリメント的に情報を得ている。

経営に関して何も知らない、当たって砕けろと現場

で鍛え上げられていく鉄工所の元気だけが取り柄の

小倅(こせがれ)、頼はインテリなお客様との会話、

経済新聞や雑誌を読み漁る事で知を得ていた。

定期構造していたダイヤモンド社主催の御堂会館

で開かれた講演会に出席した。

その時の想いが後々、RZビジネスとして花開いた。

 

「日本も、米国の様にデザインセンター機能として

付加価値の高いビジネスにシフトする必要があります。

知識労働者として働くことが重要です」

手のひらの皴に機械油がうっすらと残る若人には

「なんでやねん、現場わかっとらん」とは思わなく、

掴んでみたいユートピア的なあるべき会社像や

仕事の仕方として衝撃を受けた。

スピーカは、当時一世を風靡した

経済学者P.Fドラッカー博士。

衝撃の講演会以降、表面的なCIでの会社の魅力づくり、

バブル崩壊で倒産、PARATの起業、拾い仕事の毎日・・・、

ブランド製品で糊口を凌ぐ生活からの

脱却を試みるが、コアなる商品がなく経営体制も

整っていない中、目先の収入を得るために

一生懸命働いても知的生産物を産み出せる訳がない。

PARAT創業から8年目、飛び込んできたのが

携帯電話カメラモジュールに搭載されている

樹脂レンズユニット生産設備開発依頼。

ゲートカット機、レンズ外観検査機、組立検査機、

遮光フィルム製造機と次々とお客様と協議した構想と

仕様の基、実弟の技術者を中心にスタッフ達がものに

していってくれ、数年でゼロから始めて年商7億円近くに

上った。ブランド名も冠して順調なビジネスとして

成長していったのだが暗雲急を告げる。

急激な携帯業界の成長と反して、日本企業の撤退に

よる業界の空洞化、グローバルに対応するには

経営が脆弱すぎた。

結局、ドラッガー博士は微笑んだが降りてこなかった。

 

売上も釣瓶落とし、携帯電話業界からの撤退を決意。

2008年、ゼロからスタートを決意した最中、リーマンショ

ックが重なる、万事休す。

再び米つきバッタに逆戻りか。

不易流行、ここでドラッガー博士が舞い降りた。

 

<REAL ZERO誕生物語3>

リーマンショックで仕事はないが、拾い仕事はしない、すべ

ての仕事は断って、この事業に掛ける。

・・・・・・・強い意志によりRZ事業が始まった。