戦後の復興で総国民が汗水の結晶の結果が、
経済成長につながったが、そのビジネスモデル
には不正や不祥事、反社会的勢力の介入が
常に纏わり付いていた。
生きるための必要悪として歴史に刻まれている。
それなりに豊かになった今でも根絶されたとは
言い難い、それが人間社会。
素晴らしい商品によって、良い市場を持つ
ビジネスモデルを構築し、優良大企業に成ったしても、
一発アウトになる社会システムが資本主義市場
ではグローバルに構築されている。
不正、不祥事は昭和的揉み消しは出来ず、
日本的臭い物に蓋をする時代でもない。
「性善説と性悪説」と哲学的に論じるつもりは
ない、人は、「性」「善」「悪」を併せ持つが、
いずれも古代から明確な定義が無く、鉄学は
お役に立つが、答えがない哲学だけでは
お仕事が進まない。
正しい定義を基にしたガバナンス強化は、
優良企業であればあるほどリスクヘッジによる
企業継続に必要な必然的な取組み、
昭和・平成・令和で色々な身近に起きてきた
出来事を経験し、見てきた経済最前線に
身を置いて来た元経営者として必然性を
深く首肯できる。
QCDに関するあるべき姿を掲げるのは好きなのだが、
利益を得られるあるべき姿をどう描くが
そう簡単ではない、ガバナンスの取組は、
それ以上に難しい。
商品は、標準化出来た時には陳腐化が始まる、
ガバナンスも同じ、絶対的定義(答え)がない
ガバナンス強化は、スパイラル的進化させることにより
矛盾を解消させる事により最適化が
常に求められるが、結構しんどい。
ガバナンスなんぼのもんじゃと言って安くて、
早い、見た目さ良ければそれでエエじゃないとで
耳目を集める新興競合も無視するわけにいかない。
市場はすべて同じモラルで機能していない、
こことも勝ち抜いていかないと、明日のお日様は拝めない。
戦後の胡散臭いモノマネから一意専心で良いもの
作ろうと身体と脳みそに汗を掻きながら豊かさも
そこそこで我慢し、グローバルに対応できる企業に
成長した日本が、ここでみすみす負けるわけには行かない。
<現場からガバナンスを考える 競争力で勝ち抜く>
下手するとガバナンスによる規制やけん制によって
QCD劣化を招くことがある、頭痛い問題である。
ええ塩梅でってあるのか・・・・。
